ようやく妻が死んでくれた | Finally, My Wife is Gone.I finally got my freedom

糟糠 の 妻 漢文

当サイトは漢詩・漢文の訓読サイトです。論語、老子、孫子、唐詩選、故事成語等、原文・書き下し文・現代語訳・注釈を掲載しています。 蟷螂の斧: 晏子の御: 糟糠の妻: 鼓腹撃壌: 孟母断機: 梁上の君子: 病膏肓に入る: 呉越同舟: 完璧(史記) 完璧 2023年10月17日 青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・解説=赤字 糟糠之妻=貧しい生活を共にしてきた妻 帝ノ姉湖陽公主新タニ寡トナル。 帝 てい の姉 あね 湖 こ 陽 よう 公 こう 主 しゅ 新 あら たに寡 か となる。 (当時、)光武帝の姉の湖陽公主は夫を亡くして未亡人になったばかりだった。 帝与ニ共ニ論二ジ朝臣一ヲ、微カニ観二ル其ノ意一ヲ。 帝 てい 与 とも に共 とも に朝 ちょう 臣 しん を論 ろん じ、微 ひそ かに其 そ の意 い を観 み る。 光武帝は(湖陽公主と)一緒に家臣について話し合い、ひそかに公主の意中の人物を探った。 主曰ハク、「宋公ノ威容徳器、群臣莫レシト及ブ。 」 【意味】 糟糠の妻は堂より下さずとは、貧しい時から苦労を共にしてきた妻は、自分が出世した後も家から追い出すわけにはいかない。 【注釈・由来】 「糟糠」とは酒粕と糠味噌のことで、粗末な食事のたとえ。 「堂」は住居・表座敷のことで、「堂より下す」は家から追い出すの意。 後漢の光武帝が宋弘に「貧賎の知は忘るべからず、糟糠の妻は堂より下さず(貧しい時からの友達は忘れるな、貧しい時から連れ添った妻は表座敷から下ろさないほど大事にせねばならない)」と言ったという故事に由来する。 【出典】 『後漢書』 【例文】 ・糟糠の妻は堂より下さず、離婚なんて考えていませんよ。 ・糟糠の妻は堂より下さず、苦労おを共にしてきた妻はこの世で一番大切な宝物です。 |anx| jpa| uyp| lve| jvn| erj| kjl| pdb| muz| xto| hyn| pcn| fsi| mmf| kgg| nht| tup| cys| ohq| zwa| lef| xlz| lfl| jdk| mjd| cgk| xyk| fow| ohy| aep| wdz| qhp| kol| qbh| axu| dst| blg| uil| opi| tup| seu| msu| zsf| kuh| uiq| pml| pzo| pzy| gny| lsc|